困難を乗り越えて技術は進化する

10年前と比較すれば現在のインディカーの安全性は確実に高まってはいますが、その過程で様々なアクシデントや困難などがあったことを忘れてはいけません。

様々な課題を乗り越えて技術は進歩してゆきます。レースカーの安全性は机上の計算だけではなく、実車から様々データを集めて今後に生かすことも重要です。歩みを止めればそれ以上の進歩はありません。

Jヒンチクリフはまだ集中治療室(ICU)で治療を続けていますが、幸いにも適切な救急救命活動とERによって一命を取り留めています。意識自体は事故直後からはしっかりとしています。

1992年のインディ500のプラクティスでもヒロ松下選手が大腿部をサスペンションアームが貫通する大けがを負っています。1998年のチャンプカー開幕戦ホームステッドでは服部尚貴選手が右足を複雑骨折し、2000年のインディ500プラクティスでは松田秀士さんが手首と左足を複雑骨折しています。

松田さんは事故からだいぶ経ったインディジャパンで当時デルファイセーフティチームのチーフだったデイブ・ブラウン氏と再会し、「あの時の事故データが安全性の向上に大いに役立った」と大いに感謝されていました。

それらの事故データは確実により安全なレースカー開発や医療技術向上に大いに役立てられています。

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