【旧記事、2009年2月18日】デイトナで日本人チームオーナーがデビュー


2008年から2012年ごろまで、某サイトのブログでインディカー以外のネタを書いていた記事をサルベージして、記録用アーカイブとして転載します。




元インディカードライバーの服部茂章さんがチームオーナーです。服部さん自身はNASCARのトラックシリーズにも参戦していましたが、昨年の自らチーム「HATTORI RACING ENTERPRISES」を立ち上げて、ARCAシリーズでデイトナ・スピードウィークにデビューを果たしました。

ARCAシリーズはNASCARとは別の団体がオーガナイズするレースシリーズで、レースカーはNASCARカップシリーズのお古を使用し、決勝レースはデイトナ500の1週間前の行なわれます。

今回は特別に日本の観光庁のバックアップを受けて、アメリカ人若手ドライバーのマイケルアネットがドライブするトヨタ・カムリ(#01)は「ようこそJAPAN」のスペシャルカラーでストックカーの聖地であるデイトナ・インターナショナルスピードウェイ(1周2.5マイル=4キロ)に登場。

参加54台中、4番手で予選を通過し、80周の決勝レースに挑みました。

結果は12周目に前方で起きたマルチカークラッシュに巻き込まれて、レースカーに大きなダメージを受けてしまい、出走43台中41位でレースを終えました。

服部さんは最終的にはNASCARの最高峰であるスプリントカップ参戦を目指してチーム活動を行なっていますが、まずはカップシリーズへの登竜門である、ARCAシリーズを足がかりに今シーズンはレース参戦を行なう予定になっています。

レース結果は残念だったものの、YOKOSO! JAPANのフルカラーをまとったCarNo.01トヨタ・カムリの存在感は非常に大きなものでした。今後の活躍にも注目ですね。

2件のコメント

  1. 服部さんといえば、SEIKO EPSONがスポンサーでしたね。長年気になってるのですが、SEIKOは岡山の会社で創業家は服部家(僕の子供の頃のドラえもんの時計は服部セイコーだったような?)です。服部さんも岡山出身。
    服部さんはSEIKIOの服部家の家系なのでしょうか?
    服部さんといえばいつだったか、エディ・チーバーと一緒にインフィニティエンジンのパワーを活かして一時1-2を走ってたのが印象的でした。ラップリーダーの経験はありましたっけ?
    1. いっくんへ
      服部さんの件はよくわかりません。
      2001年にテキサスでラップリードを記録したかと思います。
      ちなみに日本で最初にラップリードを記録したのは2000年ロングビーチでの黒沢琢弥さんです。
      茂章さんが初めてラップリードした時にインディカーのメディア担当にも聞かれました。

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