RACER.comに面白い記事を見つけたのでご紹介します。
インディカーでレース展開に大きな影響を与えるものの一つがピットストップ。レースカーの速度が最少となるその時間帯に最も大きくレースの流れが変わってしまうことは少なくありません。
通常のピットストップ時間はせいぜい7秒前後。しかし、その前後を含めると、レースに勝つための様々な要素がそこには詰まっています。ピットストップはレース戦略の中では大きな要素の一つですが、ピットストップ自体だけを解析しても、そこに求められる精密な作業はドライバー側にもチーム側にも膨大な数となります。
7秒前後のピットワークとその前後のシークエンスを含む、”ピットストップ”に求められるものは結果が全て。メイヤーシャンクレーシング(MSR)のシモン・パジェノーは「ピットストップには機密が多い」と言います。
止まって、タイヤ交換と燃料補給をして出ていくだけという、一見シンプルに見えるピットストップでドライバーとチームの作業にはどんな機密があるのか。ドライバーやピットクルー、作戦を立てるチームにはどのような細かな仕事が求められるのか。RACER.comは以下のメンバーに話を聞いています。
- フェリックス・ローゼンクイスト(アローマクラーレンSP=FR)
- マーカス・エリクソン(チップガナッシレーシング=ME)
- ウィル・パワー(チームペンスキー=WP)
- シモン・パジェノー(メイヤーシャンクレーシング=SP)
- トレバー・ラキャッセ(チームペンスキー#12担当チーフメカニック=TL)
- ジョシュ・ジャンジ(レイホールレターマンラニガンレーシング、チーフメカニック=JJ)
”ピットワーク”は基本的に6人のクルーで行われます。4人がタイヤチェンジャー、一人が給油、一人がエアジャッキです。ピットタイムはレースカーが停止して、タイヤ交換と燃料補給が終わるまでに約7秒。インディアナポリスではレースカーは1秒間に100m以上を進み、ロードコースイベントの予選では全てのレースカーが1秒以内になることもあります。
2022シーズンも終わって、来年3月5日の開幕決勝戦に向けてオスシーズンも残すところ半分になろうとするところで、トップチームではどのような準備を進めているのか。
- オフシーズン中は少なくとも週に2、3日はピットワークの訓練を実施(TL)
- ピットストップの訓練が無い日はジムで筋トレ(TL)
- 朝7時から8時までの1時間が練習時間で、日によっては筋トレと両方行う日がある(TL)
- 新人訓練用のスぺ―スがあって、そこでは壁にホイールハブが取り付けられている(TL)
- 壁に装着されたハブで基本動作を身に着けてから実車を使用した訓練へ(TL)
- 実戦でのピットワーク映像をいつでもスマホで見れるようにしてイメージを養う(TL)
- ピットクルー全員のみならず、チームファクトリーの大半が訓練プログラムに参加(JJ)
- 専任のトレーニングコーチが在籍し、ピットワークも指導する(JJ)
- 専用のピットストップ練習エリアで電気駆動の模擬レースカーを使用する(JJ)
シーズンが開幕し、レースウィークエンドがスタートすると、チームはチェックリストに従って多くの準備作業を行います。レースイベント毎にあらかじめ指定されたピットボックスに対して、チームはオリジナルの”テンプレート”に従って、ピット内のエキップメントを配置します。
- ピットレーンのレースカーの動線上にブレーキロックを引き起こすようなバンプの有無を確認(JJ)
- 車載ジャッキが接地する位置の路面状況を確認(JJ)
- 特にストリートコースはピットレーンの小さな穴などにも注意(JJ)
- 手前6台分のピットを誰が使うのか記憶する(JJ)
- 手前2つのピットを使用するドライバーが8秒以上後方であれば自車のピットインに干渉しない(JJ)
決勝前の走行セッションではドライバーはレース中にスムースなピットストップができるように様々な工夫をします。
- プラクティス1でピットインするときの目印を確認(ME)
- それぞれのレーストラック毎にクセが違う(ME)
- ラグナセカはピットレーン入口の左ターンがきつい(ME)
- レース時のタイヤを完全に使い切った状況を想定する(ME)
予選が終わると、レースストラテジストはピット作戦の検討にとりかかります。その結果、手持ちのタイヤの使い方が重要となります。
- ソフトタイヤとハードタイヤの新品、ユーズドそれぞれをピットエリアにどのように並べるか(TL)
- そのためにはレース展開や最新の作戦に関する情報を全員で共有する必要がある(TL)
- チーフメカニックがストラテジストと密に連携し、続いてピットクルーへ情報を伝える(TL)
ピットボックスのストラテジスト(作戦参謀)はどのようにエンジニアやメカニックと連携を取っているのでしょうか?
- トラックマップと順位表で特定の範囲内のディファレンス(リーダとの差)とギャップ(前との差)の変化を絶えず把握(JJ)
- ピットストップで交換するタイヤやアジャストの有無などはフロントアウトサイド担当のちー―フメカニックにまず伝える(JJ)
- フルタンクにしない場合は給油秒数をフューエラー(給油担当)に伝える(TL)
- その場合は短い給油時間がもたらす結果も伝えておく(TL)
レース中のドライバーは大まかにフューエルウインドウは把握していますが、実際にピットインするタイミングが伝えられるのはギリギリのタイミングと言うことが多くなります。チーム無線は公開さされているのでライバルチームも聴くことができ、お互いの動きをけん制する必要があるためです。
- ピットがドライバーへピットインの指示を出すことはギリギリになることがある(SP)
- 特に真っ先にアンダーカットを狙うなど、他チームを出し抜く作戦を取る時はぎりぎりになる(SP)
- その場合はピットクルーはピットからドライバーへのピットストップの指示を聞くと同時に準備を始める(TL)
- ドライバー的にはピットイン時の入り口での被りが無いようにできるだけ早く指示は聞きたい(ME)
- 無線では多くのことを言わないように通話コードを使用する場合がある(FR)
- 背後で誰かがアンダーカットを狙いに来た時は、P2Pを駆使するなどして全力で防御(FR)
ドライバーサイドにとっては、ある意味最も忙しい時間帯になります。
- ピット速度制限開始地点までのすり減ったタイヤでのハードブレーキは完璧に練習しておく(ME)
- ピット速度制限開始地点までのブレーキングはペナルティを避けるために100%ではなく99%に留める(SP)
- ピットボックスへの停車時もハードブレーキングはご法度(WP)
- もし、そこそこのタイム差があるならば、ピットインでのハードブレーキングはムリすべきではない(WP)
- ピットイン10周前からは予選同様の緊張状態を強いられる(SP)
- ピットインの指示が出たらアンチロールバー(ARB)の位置を元に戻す(SP)
- ドライバーによってはピットレーンに入ってからARBの位置を戻す(SP)
- ピットイン間際はリアタイヤが減るためにリアのARBは一番ソフトの位置になっている(SP)
- ピットレーンが滑りやすい所ではピットインする3つくらい前のターンでブレーキバランスをリア寄りにアジャストしておく(SP)
- ピットレーンでフロントタイヤがロックするとウオールやクルーにヒットするので、ブレーキバランスはリア寄りにする(SP)
- ピットレーンでエンジンマップとフューエルポジションの位置を確認(SP)
- エンジンマップとフューエルポジションの位置は基本チームから指示が出る(SP)
- ピットレーンに入ったら飲み物を飲んでテアオフをはがす
- ピットレーンに入ったらピットワークの内容を聞く(WP)
- ラグナセカのような狭いピットでは手前に停まっている時はウォールと平行に停車するように注意する(FR)
- 心拍数が180~190になる中で冷静に自分のピットボックスを見つけなければならない(SP)
- アイオワなどでは自分のピットボックスより少し手前のチームも覚えておく(WP)
ピットクルーが一番気にしているのはレースカーの停車位置。あらかじめピットロード路面にはタイヤの停止位置がTの字でマーキングされ、タイヤ交換クルーはその一で身構えています。
- フロント両サイドとリアのインサイドは完全停止する前にナットは回り始めている(TL)
- レースカーの若干のオーバーランはメカニックがレースカーの動きをフォローできるのであまり大きな問題にはならない(TL)
- レースカーが手前で止まってしまった場合はメカニックは位置を合わせなおさなければならないので時間をロスする(TL)
- ピットからの”5-4-3-2-1”と言うコールはあくまでも減速の目安(SP)
- ピットレーン走行中はピットには黙っていて欲しい(FR)
- ミラーで給油リグが抜けるのを目視してから1速へ(FR)
- ダッシュパネルのタイミングライトを見て1速へ、あとはピットクルーの合図でクラッチミート(WP)
- ピットアウトアウトの合図は給油リグの動きを見て用意(TL)
- クラッチをつないだら後続接近の有無を無線で注意するだけ
- ドライバーとしてはフィジカルを休憩できる貴重な時間
レースカーがピットアウトすると直ちにピットウォールでピットワーク全体を監視しているストラテジストがピットワークの問題点などをチェックしてクルーで課題を共有します。
そして、チーフメカニックがピットアウトの合図を出す時に重要なのが、背後からピットインしてくる車の有無。ピットアウト時にピットインしてくるレースカーに支障するとペナルティが課せられる可能性があります。そこにはピットレーンの中でのピットボックスの位置が重要になります。
- 状況によっては2秒待たなければならないが、ペナルティには代えられない(TL)
- ピットレーンの中でのピットボックスの位置によって影響が大きく変化する(SP)
- 前に誰かに出られた場合はアウトラップに大きく影響する(SP)
- まっすぐピットアウトするよりはまっすぐピットインしたい(ME)
- ピットボックスは前から4つ以内を使いたい(JJ)
- 前4つ目までのピットはピットレーン中段と比較して75%は負担が減る(JJ)
- 1速が長すぎるのでスムーズなピットアウトはタイムに影響する(FR)
- アウトラップでのコールドタイヤはグリップしないので細心の注意が必要も、最初の2周はラップタイムを大きく稼ぐチャンス(FR)
- ピットアウト後の最初のターンはかなり慎重にいかないと危ない(SP)
- タイヤウォーマーが無いインディカーでアウトラップはかなり危険だが、ラップに大きく影響するところ(ME)
ピットクルーのモチベーションをチームはどのように維持しているのだろうか。
- チームファクトリーでの練習で仲間意識を育むことが重要(JJ)
- 問題は個人の問題ではなく全体の問題として解決に当たる(JJ)
- 決勝レース最初のピットストップが終わったあとのクルー同士のコミュニケーションは重要(JJ)
- ファイアストンピットストップアワードはクルーの大きなモチベーションになっている(JJ)
- ピットクルーはチーム内でそれぞれの本職があるなかでピットクルーを担当している(JJ)
- しかし、レースの結果に直結するピットワークに携わることはモチベーションの上でも重要(JJ)
チームペンスキーでウィル・パワーを担当するチーフメカニックのトレバー・ラキャッセは最後にピットワークについてこう締めくくります。「ピットストップ中はアップルウォッチが振動して警告するほど心拍数が上がることがありますが、我々はいたって健康です。心拍数が上がってアドレナリンが放出される瞬間こそ、我々の仕事の醍醐味なのです。」